天真寺通信

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死者と生きる

皆既月食
昨晩の皆既月食の天体ショーを見ながら、自分の考えていることは、ちっぽけだなぁと実感。大自然の中に生かされているのにもかかわらず、ちっぽけな知識の中で、いい悪いと善悪をつけている自分だなぁと教えられました。ご法事・月参りでも、いろんなことを教えてもらいます。ある時は、故人様と夢で会った、大好きなペットが亡くなり、ペットがお坊さんのような格好をしている姿を見たという夢のお話も伺いました。
読売新聞の大宅賞作家が記録した3.11後の「霊体験」というニュースを読みました。この記事は、東日本大震災で家族を失った18人の不思議な体験を記録した『魂でもいいから、そばにいて 3・11後の霊体験を聞く』(新潮社)にまつわるエピソードです。
[読売新聞]
http://www.yomiuri.co.jp/fukayomi/ichiran/20170809-OYT8T50014.html?from=yhd
作家の奥野修司さんが、宮城県の緩和ケア医師の岡部先生との出会いをきっかけとして、「霊体験」をテーマにノンフィクションの本を書くことになりました。
そのきっかけとなったのは、「お迎え」現象。「お迎え」とは、死の間際に、すでに他界している父や母の姿などを間近に見る現象で、医学的には譫妄せんもう(意識レベルの低下による認識障害)や幻覚とされる。「お迎えって信じますか?」とたずねたところ、岡部さんはじろっとにらみ、こう言ったという。「お迎え率って知らねえだろ。うちの患者さんの42%がお迎えを経験してるんだ。お迎えを知らねえ医者は医者じゃねえよ」と。また、当時被災地では、被災者の2割が、「幽霊をみた」という話をしていたといいます。
さまざまな出来事に影響を受けて、取材をはじめることになりました。そして、最後に、
奥野さんが、3年半にわたる取材を通してわかったことは、「最初は気づかなかったのですが、霊体験とは『グリーフケア』(悲しみのケア)ではないかと思います。グリーフケアの『ケア』とは、『セルフケア』の『ケア』です。自分がいちばん納得する物語をつくり、自らをケアする行為ではないでしょうか」と指摘。「人は物語を生きる動物です。最愛の人を失ったとき、のこされた人の悲しみを癒やすのは、その人にとって『納得できる物語』です。納得できる物語が創れたとき、遺された人は初めて生きる力を得る。霊体験とは、断ち切られた物語を紡ぎ直すきっかけなのではないかと思います」と語られます。
以前、シネマ法話を考えていた時、出会った言葉がありました。
臨床心理士の仕事は、自分なりの物語を作れない人を、つくれるように手助けすること。こられたかたの自分の物語を発見し、自分の物語を生きていけるような「場」を提供している。
思いがけない出来事にであった時、その出来事を受け止めるために自分の物語にしていく作業をしております。それぞれの物語の中で受け止めており、霊体験もその1つだといえるのかもしれません。浄土真宗の御門徒の方々は阿弥陀様の願いの中で、生きる意味を見いだしていきます。

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