• 2017/05/19
  • 永代合葬墓あんのん堂
今月のあんのん堂

先日、京都大谷本廟内にある永代合葬墓「あんのん堂」にお参りしてきました。

満開のつつじで、曇り空にもかかわらず周囲が明るく感じます(*^_^*)

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大賀蓮は・・・

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お‼? これはこれは・・・葉っぱが出始めていました(^◇^)

 

大坊守達と一緒にお墓にお参り。

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明著堂では「堂内でお焼香をどうぞ」との事で、さっそく中に上がらせていただきました。普段は上がれませんので、伝灯奉告法要中の期間限定のようです。

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今月の法語です。

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「大信心は仏性なり 仏性すなわち如来なり」

『涅槃経』には「一切衆生悉有仏性」という言葉があります。 全ての生きとし生けるものは仏になる種(可能性)をもつ、といわれます。

宗祖親鸞聖人は、自分には仏になる種(因)は全く持ち合わせていない、と深くご自身を内省されています。では、親鸞聖人は「悉有仏性」をどのようにお考えだったのでしょうか・・・

宗祖が引用された『涅槃経』に「一切衆生悉有仏性といふなり。大慈大悲は名づけて仏性とす。仏性は名づけて如来とす。」(「信文類」)とあります。このご文をみますと、「仏性」とは仏様の大悲心であって、仏様のさとりの側から全ての生きとし生けるものに「仏の本質」を見る、という、仏様側からみたおこころであるようです。

宗祖親鸞聖人は、「仏性」とは如来そのものであり、如来の大慈悲が南無阿弥陀仏のお念仏と展開し信心となって至り届いてくださっている、自らは元々微塵も「仏性」を持たないけれど、賜りたる信心が仏性となってくださっている、とお念仏をよろこばれていたのではないでしょうか。

 

お念仏申し仏法に照らされて、慚愧と歓喜のなかで真実に導かれていくことです・・ナンマンダブm(__)m

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(果)