• 2019/04/20
  • 永代合葬墓あんのん堂
今月のあんのん堂

先日、京都大谷本廟内にある永代合葬墓「あんのん堂」にお参りしてきました。
満開の桜があれば
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散る桜もあり
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松はモリモリ
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いつのまにかつつじが咲く季節です。
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今月の大賀蓮は
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まだなのかなあ…
あっ‼
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ひょっこりはんです(^O^)/
 
 
今月の法語
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我能護汝「われよく なんじを まもらん」
七高僧のお一人、中国の善導大師さまの書かれた「二河白道」に出てくるご文です。
「二河白道」は、こんなお話です。
「周りには何も見当たらない荒野を一人の旅人が西に向かって歩いていた。すると突然、南には激しくうねる水の河、北側にはごうごうと燃え盛る火の河が見えた。それぞれ深くて底がなく、南北のほとりもない。その間にわずか15センチほどの幅の白道がある。向こう岸までは百歩ほど。ふと後ろを振り返ると盗賊や悪獣が今にも旅人に襲い掛かろうとしている。白道の北側からは髙波が襲いかかり、南からは激しく炎が道を焼いている。進んでも戻っても止まっていても死は免れない。どうせ免れないならこの道を渡ってみようかとふと思った時、東の岸から「この道を進みなさい」と、お釈迦様の声がする。西の岸からは「この道をただちに来なさい。我よく汝をまもらん(必ずあなたをまもる)。水火の河に畏れる事はない、落としはしない。」と阿弥陀仏のよび声がした。お釈迦様の「行け」という声と阿弥陀様の「来い」という声を聞き、旅人は促されて白道を歩みだす。少し進むと後ろから群賊らが「この道は危ないから戻ってこい」と呼んでいるが、もう旅人はためらうことなく進んでいったところ、西の岸にたどり着いて仏様と会う事ができた」
このたとえ話に示されている火の河水の河また盗賊悪獣は、怒り腹立ち妬み嫉み欲望や執着の心、煩悩をあらわされています。私の煩悩は、荒れ狂う高波のように、燃え盛る炎のようにやむことがありません。旅人は私、西の岸は阿弥陀様のお浄土です。阿弥陀さまの「我が浄土に生まれるとおもい、念仏申す人生を送ってくれよ」という願いがあらわれ出たのが白道です。
 
旅人が西の岸お浄土へ渡り切るまで水火は荒れ狂ったままでした。荒れ狂う私の煩悩を、阿弥陀様は浄土に迎えとるのに障りとはなさらない、むしろ、その煩悩の深さゆえ阿弥陀様の悲しみも大きく、そのおはたらきは力強く、落とす事のない白道を仕上げてくださいました。
どんな状況にいようとも決して私を見捨てる事のない阿弥陀様が、私の人生とともにご一緒くださっています。お釈迦様のおすすめと阿弥陀様の呼び声にうながされ、ただただお念仏申す道、白道を歩ませていただくことです。m(__)m
 
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(果)