天真寺通信

天真寺

お寺の掲示板

2025年12月、天真寺のお寺の掲示板です。

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C法話

みなさん、私たちはつい、しんどい時に「私なんて……」と言ってしまうことがあります。
誰かに迷惑をかけている気がしたり、役に立てていない気がしたり、自分の価値が小さく思えてしまう。けれども、そう思ったときこそ、いちど“原点”に帰ってみたいのです。

「あなたが生まれた時、たくさんの人を笑顔にして、幸せにしたんです。」

これは、きれいごとではありません。
私たちは生まれたその瞬間から、何かを“成し遂げて”いなくても、
ただそこにいるだけで、誰かの心を明るくする力を持っていたのです。

赤ちゃんは、何か役に立とうとして笑うわけではありません。
働いて、結果を出して、評価されて、はじめて尊いのでもありません。
それでも、人はその小さな命に、涙を流し、手を合わせ、喜びます。
つまり――私たちのいのちは、条件つきのいのちではなく、
はじめから“喜ばれるいのち”として、この世に迎えられているのです。

仏さまの教えは、よく「いまの私」を責めるためではなく、
「ほんとうの私」に目を覚まさせるためにあります。
ほんとうの私は、失敗した私、うまくできない私、迷っている私も含めた、まるごとの私です。

だからこそ、あの言葉はこう結びます。

「だから『私なんて』って思わないで。」

「私なんて」と思う心は、謙遜に見えて、実は自分を切り捨てる言葉になってしまう。
そして不思議なことに、自分を切り捨てる人は、同時に“誰かの願い”も切り捨ててしまうことがあるのです。
あなたの誕生を喜んだ人の願い、あなたがここにいてほしいと願った声。
その声まで、なかったことにしてしまう。

今日、もし心の中に「私なんて」が顔を出したら、
どうか思い出してください。
あなたは生まれた時、たくさんの人を笑顔にし、幸せにした。
その事実が、あなたのいのちの土台です。

私たちは、立派だから生きていいのではありません。
生きていること自体が、すでに尊いのです。
どうぞ、まずはそのままの自分を、仏さまの前に差し出してみてください。
「私なんて」と言いたくなる心ごと、抱えていていい。
その上で一歩ずつ、また歩み直していけばよいのです。

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