• 2016/03/16
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尊いのは足の裏である
今朝のFACEBOOK(秋田先生)にて、仏教詩人・坂村真民のお言葉「尊いのは足の裏である」が紹介されていた。以前、ある仏教掛け軸などのチャリティ販売会にて、坂村真民さんの「こんにち ただいま」とかかれた色紙があった。一目見て、「こんにちは」「ただいま」という挨拶の言葉を書くとはオモシロい方だなぁと感心したが、よくよく考えてみると「『こんにち』『ただいま』を精一杯生ききる」「こんにち ただいまのお救い」のことだなぁと有り難いなぁと感じたことがあった。
尊いのは足の裏である
尊いのは 頭でなく手でなく足の裏である
一生人に知られずに一生きたない処と接し
黙々としてその勤めを果たしてゆく足の裏的な仕事
足の裏が教えるもの
しんみんよ
足の裏的な仕事をし
足の裏的な人間になれ
頭から光が出る まだまだだめ
額から光が出る まだまだいかん
足の裏から光が出る そのような方こそ
本当に偉い人間である

「尊いのは足の裏である」という詩です。今日一日、水道の工事のため、蛇口をひねっても水が出て来ない。シャワーから温水が出て来ない。トイレの水を流すことができない。今まで何とも思わず当たり前に過ごしてきた日常が、有り難いことだったなと、水が出て来なくなって知らされる。思えば、水だけでなく、太陽の光、土の恵み、自然の恵みだけではなく、人間のあたたかさ、ぬくもり・・・当たり前になった瞬間に光を失ってしまう。「足の裏的な仕事をし 足の裏的な人間になれ」とおっしゃる。 だれに褒められるでもなく、感謝されるでもなく、もくもくと支えて下さっている足の裏。その足の裏に感謝する心を育むことが、自分が豊かな人生を送ることができるになだろう、その心を大切にしたいと思う一日であります。