• 2016/03/30
  • みんなの日曜礼拝
みんなの日曜礼拝

3月27日(日)の日曜礼拝は、
お正信偈(草譜)
ご和讃「無碍光仏ノミコトニハ」より六首
ご文章「一切女人章」でした。
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ご法話は、前日「お正信偈に聞く」で読んだ龍樹菩薩がお示しになった「易行」という事と、本日のご和讃から阿弥陀さまのお心を窺いました。「易行」というのは、「南無阿弥陀仏」とお念仏申すことです。自らの修行で煩悩を滅していく「難行」にくらべて易しい行だとお示しくださっています。
本日繰読みしたご和讃には、
「願力無窮(がんりきむぐう)にましませば 罪業深重(ざいごうじんじゅう)もおもからず
仏智無辺にましませば 散乱放逸(さんらんほういつ)もすてられず」とありました。
阿弥陀様の願力はきわまりがないから、いくら罪が重くても大丈夫なんだ。阿弥陀様の智慧は果てしないから、いつも心が散り乱れている私の事も決して見捨てられる事はないんだ・・・(^O^)/」
「苦しい難しい修行をしなくてもナンマンダブと称えていたら極楽浄土にいけるんだ・・・(^O^)/」
・・・・・”(-“”-)”
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「無明長夜(むみょうじょうや)の燈炬(とうこ・灯火の事)なり 智眼くらしとかなしむな
生死大海の船筏(せんばつ・船いかだの事)なり 罪障おもしとなげかざれ」・・・・
「いつもあなたのともしびとなり、船となって、本当の安心をあたえますよ、どうかこのともしびを拠り所としておくれ、大きな船に乗っておくれ・・・」
阿弥陀様のお心は、罪が重かろうが心が散り乱れていようが、たった一つのかけがえのないいのちとして、全ての者を平等にいつも心配し案じてくださっているのですね。どんなに罪深くとも心が散乱している者でも、平等にお浄土に迎えるためには「易行」である「南無阿弥陀仏」を完成させなければならなかった・・・そのご苦労を思うとあぐらをかいてはいられません・・・”(-“”-)”・・・
「易行」を完成させ与えてくださるのは、大きなお慈悲の阿弥陀様のお心が極まりのない力となってはたらいてくださっていたのでした。ナンマンダブナンマンダブ・・・
 
おあさじの後は茶話会で談笑のひととき。
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温かい春の日差しに、阿弥陀様のお心を窺うことでした(*^▽^*)。
(果)