• 2016/04/01
  • 天真寺
一水四見(唯識のものの見方)

猫
猫ちゃんの姿が見えないと思ったらお休み中。猫ちゃんを見て思い出す歌が「サザエさん」。サザエさんと猫ちゃんとのあったかいやりとりからほのぼのした日常が伝わってきます。。。
お魚くわえたどら猫 追っかけて 
はだしでかけてく 陽気なサザエさん
みんなが笑ってる お日さまも笑ってる
ルルルルルル 今日もいい天気
今日は目が痛かったので、急遽眼科さんへ。たくさんの患者さん達が待っているので、本を読もうとすると、患者さんの対応がそれぞれ違うことを発見!!!「こんなに待たせて、何やっているの-_-#」と悪口を言う人、「忙しい中診察してくれてありがとう(*^▽^*)」とお礼を言う人、同じ待ち時間でも受け取り方一つで全く違う世界があるようです。
仏教には、一水四見という、唯識の考え方があります。
同じ「水」をどのように見るか?
私達人間にとっては飲み水。
天人には水晶。
魚には自らの住み家。
餓鬼には、炎の燃え上がる膿の流れ、に見える。
というように、同一のものを見ても、認識の主体が変化すれば、認識の対象も変化することの例えです。
同じ病院の待合室にて、診察を待っている状況は変わらないが、怒る人あり、感謝する人あり・・・。そんなことを考えていたら、読書が進まなかった(´・ω・`)
先日、友人と話していたら、仏教にご縁を頂いている目標は何だろう?かと。「世界平和」「みんながピースに生きられる社会を実現する」・・・そんなことを思えば、仏教では「一切衆生必有仏性」といいますが、全てのいのちに慈しみの光で照らして下さっている阿弥陀如来様のお心を中心に生きていくことだなぁと再確認しました(*^▽^*)