• 2016/11/17
  • 永代合葬墓あんのん堂
今月のあんのん堂

先日、京都大谷本廟内にある「永代合葬墓あんのん堂」に参拝してきました。
まぶしいくらいに紅葉していました(^◇^)
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本山で勤修されている伝灯奉告法要の期間中という事で、大谷本廟でも法要のたたずまいです。
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明著堂の様子
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今月の大賀蓮は・・・
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見えるところは枯れているけど、いのちは枯れていないのですね(^◇^)
 
今月の法語です。
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「さとりの国にうまるるは ただ信心にきわまりぬ」
法然聖人が『選択集』において、「まさに知るべし、生死の家には疑をもって所止となし、涅槃の城(みやこ)には信をもって能入となす。」とお示しになったお言葉にもとづいています。また、法然聖人は、善導大師の御指南を継承されて、「南無阿弥陀仏」のおこころをあきらかにしてくださっています。
真実の教えは、人から人へ伝わっていくのですね(^◇^)その教えが私のところまで至り届いてくださりましたm(__)m
 
「親鸞におきては、ただ念仏して、弥陀にたすけられまゐ(い)らすべしと、よきひと(法然)の仰せをかぶりて、信ずるほかに別の子細なきなり。念仏は、まことに浄土に生るるたねにてやはんべらん、また地獄におつべき業にてやはんべるらん、総じてもって存知せざるなり。たとひ法然聖人にすかされまゐらせて、念仏して地獄におちたりとも、さらに後悔すべからず候ふ。そのゆゑは、自余の行もはげみて仏に成るべかりける身が、念仏を申して地獄にもおちて候はばこそ、すかされたてまつりてといふ後悔も候はめ。いづれの行もおよびがたき身なれば、とても地獄は一定すみかぞかし。弥陀の本願まことにおはしまさば、釈尊の説教虚言なるべからず。仏説まことにおはしまさば、善導の御釈虚言したまふべからず。善導の御釈まことならば、法然の仰せそらごとならんや。法然の仰せまことならば、親鸞が申すむね、またもつてむなしかるべからず候か。」『歎異抄』第ニ条
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(果)