• 2017/02/12
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こころの時代『べてるの家』

べてるの家
今朝5時~放映されたNHKEテレ「こころの時代」のゲストは、ソーシャルワーカー・べてるの家理事の向谷地生良先生でした。
3年前、友人から勧められた書籍「べてるの家」。その後、向谷地生良先生が登壇される神奈川県戸塚の善了寺様にて開催されたイベント「LOVE IS THE MOVEMENT!! 〜愛とは弱さを抱きしめること〜」や千葉県市川市大洲での「障害者が町を元気にした」にて講演を拝聴した。この度「こころの時代」にご出演と言うことで楽しみにしていた。
『べてるの家』とは、1984年に設立された北海道浦河町にある精神障害等をかかえた当事者の地域活動拠点です。この度の対談では、精神障害のある人たちが当事者同士ともに過ごし、幻覚や幻聴など互いの弱さを語り合い、自身の病気と向き合うなど数々のユニークな取り組みについて。はじまりは、向谷地さんが、精神科を退院した有志メンバー数名と教会で一緒に暮らしながら、手探りで始めた実践だった。「弱さを絆に、行き詰まりと絶望の中で生きる」とは何か、向谷地さんのこれまでの実践や数々の出会いなどについて。
お話しを伺って、キーになるコンセプトは「弱さ」です。
以前講演を拝聴した際、印象に残った言葉は「昇る生き方から降りていく生き方」です。現代に競争社会では、お金・地位・名誉や便利さを求めていき、周りの人はライバルとなり、競い合いになり生き苦しくなります。そうではなく、人間はみな人に見せられない弱さを抱えている。その弱さを悪しきものと隠すのではなく、弱さの情報公開、弱さにマルをつけ見方を変える世界が降りていく世界です。そこに開かれていくのは、あなたは○○ができないと否定して対立する世界ではなく、弱さをきずなとして、つながり助け合い補い合う世界です。ありのままの自分の弱さを認め合う世界です。。
こちら、『べてるの家』の理念です。
・安心してサボれる職場づくり・手を動かすより口を動かせ
・自分でつけよう自分の病気
・偏見差別大歓迎
・幻聴から幻聴さんへ
・場の力を信じる
・弱さを絆に
・べてるに染まれば商売繁盛
・弱さの情報公開
・公私混同大歓迎
・べてるに来れば病気が出る
・利益のないところを大切に
・勝手に治すな自分の病気
・そのまんまがいいみたい
・昇る人生から降りる人生へ
・苦労を取り戻す
などなど
「さぼってはいけない職場」「口を動かすより手を動かせ」でしたら、ウンウンとうなずけますが、正反対です。
「弱さ」のパラダイムチェンジです。
「弱さ」といえば、見たくないもの、見せたくないもの。
要らないもの。嫌なもの。負けること。できないこと。遅いこと。小さいこと。弱いもの。排除されるもの、というように、マイナスのイメージが強いです。しかし、みな人には言えない「弱さ」を抱えながら生きています。
その弱さに向き合い受け入れることができれば。さらには、
あなたのそばにいる誰かが抱える「弱さ」に寄り添い抱きしめることができたら。自分や自分のまわりにある全てのものを愛おしく感じるかもしれない。愛とは弱さを抱きしめること。浄土真宗の開祖・親鸞聖人は、愚禿親鸞と名告られました。愚かな我が身である、それは仏様に照らされて見えてきた姿です。親鸞聖人は比叡山にて20年という長い間修行したが、お覚りを開くことができないという悲しみに満ちていました。だが、法然上人、選択本願の念仏と出遇い、弱さを抱えたまま、まるごと抱きしめて下さる阿弥陀様のお慈悲の世界との出遇いがありました。
2014年天真寺通信の『べてるの家』の講演会に参加した感想として、
当日、講演をされた方は、向谷地先生の他2人の精神病患者の方がお話されました。お一人の患者さんは、7年間精神病院の閉鎖病棟にいたが、ベテルと出会い、なんと今では彼女も出来た。年間100日位全国各地の講演活動をされています。凄いと思うのは、幻聴などの症状は変わっていない。しかし、幻聴に対する向き合い方がベテル流は違います。幻聴は悪いものと否定するのではなく、「幻聴」ではなく「幻聴さん」と呼び、当事者研究にて現状をシェアして、現実を受け入れて、そのままありのままを認めて生きていくのです。お話しを聞きながら、今こそお寺の出番だと思った。教育カウンセラーの富田先生が仰るには、1960年代以降に生まれた世代は、偏差値世代。常に評価の中に身を置き、周りの目を気にしながら、損得勘定で生きている。お金・地位名誉・便利さを求め、人と競争していく評価のレールにあわせようとして、苦しみもがいている。苦悩のまっただ中にたくさんの若者がいる。そのレールからおりられる空間が必要ではないだろうか。社会のセーフティーネット。学校でも家でもないサードプレイス。レールからおりることが出来る場所が、いつも仏さまがご一緒下さるお寺ではないだろうか。阿弥陀さまは、どんな時でも私のいのちをめがけて飛び込んで下さる、南無阿弥陀仏と。親鸞聖人は、当時の仏教界の社会をドロップアウトして、もっと広い世界を生きて行かれた。そこには、それまで隠さざるえなかった弱さや悲しさが肯定され、力強くしなやかに生きていく世界がひろがっている。行き詰まりや絶望の中で弱さを絆に生きている。
とありました。
現代社会における、仏教の大切さは実感されております。「いまこそ仏教の出番です」と何度も言われてきました。「こころの時代」と言われて久しい。仏教理念を通して、どのように弱きものが救われる、安心できる社会を構築することができるか、現場レベルでの対策を構築することが必要なだと実感します。やはり、全国にはコンビニの数以上の寺院がある、お寺お寺の現場レベルでの活動が問われているように感じました。