• 2017/03/04
  • 仏教壮年会
「お正信偈に聞く」第十九回

2月25日(土)「お正信偈に聞く」第十九回です。
今回は法然聖人の段を読みました。
「本師源空明仏教  憐愍善悪凡夫人  真宗教証興片州 選択本願弘悪世 」
本師源空は仏教に明らかにして、 善悪の凡夫人を憐愍し、  真宗の教証を片州におこし、  選択本願を悪世に弘めたまう。
「還来生死輪転家   決以疑情為所止    速入寂静無為楽    必以信心為能入」
「生死輪転の家に還来することは、決するに疑情をもって所止と為す、 すみやかに寂静無為の楽に入ることは 必ず信心をもって能入となす」といえり。
 
法然聖人は、美作国(みまさかのくに、現在の岡山県)に誕生、勢至丸と名付けられました。父は漆間時国(うるまのときくに)、押領使の職にありましたが、夜襲を受け殺害されます。そのとき勢至丸は9歳でした。瀕死の状態で勢至丸を呼んだ父は、「決して仇討ちをしてはならない。仇討ちは仇討ちをまねいてしまう。出家をして私の菩提を弔い、また自らもさとりを得るのだ」と言い遺し世を去ったと伝えられます。
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その後15歳で比叡山でお得度され、18歳の時に三番目の師叡空より法然房源空の名を授けられました。後に奈良の興福寺などに遊学され、再び比叡山に戻り、黒谷にて一切経を5回も読破されるなど、大変仏教に精通された法然聖人は「智慧第一の法然房」と呼ばれるほどの学識高い僧となられてひたすら求道に励まれましたが、どうしても生死(しょうじ)を超える道を見いだすことができませんでした。
承安五年(1175)、いつものように黒谷の経蔵にこもり一切経を読まれていた法然聖人は、善導大師の書物の一節に出あわれます。それが『観経疎』の「一心にもっぱら弥陀の名号を念じて、行住坐臥(ぎょうじゅうざが)に時節の久近(くごん)を問はず念々に捨てざるは、これを正定の業と名づく、かの仏の願に順ずるがゆゑなり。」というご文でした。
・・・私が僧侶になって間もない頃、法然聖人が善導大師のご文を読まれたくだりを法話の原稿に「法然聖人はこのご文を読まれてビビビッ!とこられて・・」と表現していたところ、「ビビビッ!って何や!わからん!」とある先生から注意を受けたことを思い出します
・・・(^-^;・・・
4月
善導大師のこのご文には、阿弥陀仏の名を称えることが正しく往生の決定する行業である、なぜならそれは阿弥陀仏の願にかなっているからだ、と示されていました。歩いていてもとどまっていても座っていてもふせていても、一回の称名でも永年称えている称名であろうとも関係なく、いついかなる時も阿弥陀仏は念仏する人々を見捨てる事はない、と述べられています。
このご文にであわれた法然聖人は「浄土宗」をたてられて念仏往生の教えをひろめられました。
法然聖人は『選択本願念仏集』という書物において、阿弥陀仏がご本願(第十八願)において念仏以外の行業を選び捨て、念仏一行のみを往生の行として選び取られたことを論証されていきます。
誰でもが行じられて勝れた徳をもつ称名念仏一行による救いを阿弥陀仏が本願とされたのは、一人残らず全ての者を救うためだったと、阿弥陀さまの平等の慈悲のおこころもあきらかにしてくださいました。
 
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「お正信偈に聞く」は今月第二十回 をもっていよいよ最終回です。
3月25日(土)午後3時から、どなた様もご自由に参加いただけますのでどうぞお越しください(^O^)/
(果)