• 2019/11/16
  • 築地本願寺
築地本願寺報恩講終わりました!!!

今年も築地本願寺報恩講法要が無事に厳修されました。

私は布教担当して、お手伝いをさせて頂き、有り難き時間を過ごさせて頂きました。今年も、天真寺門信徒の団体参拝、ご門徒さんの帰敬式、御堂布教、従姉妹・大地僧侶の通夜布教などなど盛りだくさんでありました。
築地本願寺にて逮夜布教の様子
築地本願寺

前門主によるご法話
築地本願寺門主

御俗姓の拝読がありました。
御俗姓
 それ祖師聖人(親鸞)の俗姓をいへば、藤氏として後長岡の丞相[内麿公の]末孫、皇太后宮の大進有範の子なり。また本地をたづぬれば、弥陀如来の化身と号し、あるいは曇鸞大師の再誕ともいへり。しかればすなはち生年九歳の春のころ、慈鎮和尚の門人につらなり、出家得度してその名を範宴少納言の公と号す。 それよりこのかた楞厳横川の末流をつたへ、天台宗の碩学となりたまひぬ。そののち二十九歳にして、はじめて源空聖人の禅室にまゐり、上足の弟子となり、真宗一流を汲み、専修専念の義を立て、すみやかに凡夫直入の真心をあらはし、在家止住の愚人ををしへて、報土往生をすすめましましけり。
 そもそも今月二十八日は、祖師聖人遷化の御正忌として、毎年をいはず、親疎をきらはず、古今の行者、この御正忌を存知せざる輩あるべからず。これによりて当流にその名をかけ、その信心を獲得したらん行者、この御正忌をもつて報謝の志を運ばざらん行者においては、まことにもつて木石にひとしからんものなり。しかるあひだ、かの御恩徳のふかきことは、迷盧八万の頂、蒼溟三千の底にこえすぎたり、報ぜずはあるべからず、謝せずはあるべからざるものか。このゆゑに毎年の例時として、一七ケ日のあひだ、かたのごとく報恩謝徳のために無二の勤行をいたすところなり。この一七ケ日報恩講の砌にあたりて、門葉のたぐひ国郡より来集、いまにおいてその退転なし。しかりといへども未安心の行者にいたりては、いかでか報恩謝徳の儀これあらんや。しかのごときの輩は、この砌において仏法の信・不信をあひたづねてこれを聴聞してまことの信心を決定すべくんば、真実真実、聖人(親鸞)報謝の懇志にあひかなふべきものなり。
 あはれなるかなや、それ聖人の御往生は年忌とほくへだたりて、すでに一百余歳の星霜を送るといへども、御遺訓ますますさかんにして、教行信証の名義、いまに眼前にさへぎり、人口にのこれり。たふとむべし信ずべし。これについて当時真宗の行者のなかにおいて、真実信心を獲得せしむるひと、これすくなし。 ただ人目・仁義ばかりに名聞のこころをもつて報謝と号せば、いかなる志をいたすといふとも、一念帰命の真実の信心を決定せざらんひとびとは、その所詮あるべからず。まことに「水入りて垢おちず」といへるたぐひなるべきか。これによりてこの一七ケ日報恩講中において、他力本願のことわりをねんごろにききひらき、専修一向の念仏の行者にならんにいたりては、まことに今月、聖人(親鸞)の御正日の素意にあひかなふべし。これしかしながら、真実真実、報恩謝徳の御仏事となりぬべきものなり。あなかしこ、あなかしこ。

御俗姓は、蓮如上人によって顕され『俗姓の御文』とも呼ばれます。宗祖親鸞聖人の御正忌報恩講に際して示された教語である。本文は五段に分かれる。
①宗祖の俗姓を明かし、聖人は藤原氏で、後長岡の丞相(内麿公)の末孫、皇太后宮の大進有範の子であると説かれている。
②聖人は阿弥陀仏の化身であり、あるいは曇鸞大師の再誕であって、ただびとではないといい、九歳で出家し、楞厳横川の末流を伝え、天台宗の碩学となり、二十九歳の時法然聖人の禅室に至り、上足の弟子となり、真宗一流を汲み、専修専念の義を立て、凡夫直入の真心をあらわされ、在家の愚人を浄土に往生するよう勧められたことを記されている。
③十一月二十八日の親鸞聖人遷化の御正忌に報謝の志を運ばないものは木石にも等しいと誡められている。
④報恩謝徳をなすことこそ、報恩講の眼目であるが、もし未安心であるならば、真の報謝にはならないことを、ねんごろに教示し、真の正信念仏者になるのでなければ、祖師の御恩に報いることにはならないと説かれている。
⑤真実信心の人の少ないことを嘆きつつ、一念帰命の真実信心を勧められている。
以上、浄土真宗本願寺派教学研究所(http://j-soken.jp/ask/577)より。

夜の築地本願寺
築地本願寺

通夜布教
築地本願寺

大地僧侶による通夜布教
築地本願寺通夜布教

最後に、築地本願寺の掲示板
築地本願寺掲示板

天真寺の報恩講法要は、11月23日(土)~です。
是非お参り下さいませ!!!