• 2019/11/26
  • 法話
お正月をお迎えするにあたり

仏教情報センター

ただいま、法話を制作しようと、昔の資料を整理していると、10年前(社団)仏教情報センターの季刊誌「仏教ライフ」に掲載をした仏事相談を発見しました。Q&Aの形式にて、お正月の迎え方に関する返答です。懐かしいなぁと思いつつ、今年の残るところあと一ヶ月少し。一日一日大事に過ごさせて頂きましょう!!!

■質問
私の家庭では、お正月を迎えるために、玄関先に門松を立て、しめ飾りをします。元旦には、家族揃って初詣に出かけ、お雑煮を食べます。これは、日本の伝統として続けてきたことですが、私の宗旨は浄土真宗です。仏教徒としてどのようにお正月をお迎えすればよろしいでしょうか。

■答え
私たちが行っている正月の行事、門松・しめ縄・初詣・鏡餅等は「門松は年神様が降りてくるときの目印」といわれるように「五穀を守るという年神様をお迎えする」という日本の伝統的な行事です。
 さて、皆様はどのようなお正月を過ごされますか。新しく年を迎えて「今年はいい年でありますように」という希望を胸に楽しい時間が過ぎていきませんか。めでたい、めでたいとこの時とばかりお酒を飲み過ぎ、餅を食べて太ってしまったということはありませんか。このことは、今にはじまったことではありません。お正月について、室町時代のお坊さんで「一休さん」の名で親しまれている一休禅師が詠まれた歌があります。
「門松や 冥土の旅の 一里塚 めでたくもあり めでたくもなし」
最後の二句は「馬駕籠もなく 泊まり屋もなし」と詠まれたものですが、今ではこちらが一般的に知られています。これは、新年の祝いで浮かれている私たちの姿を歌ったものです。振り返れば、昨年の新年から早一年が経過しています。それだけ死に近づいているのですという一休さん独特のブラックユーモアが込められています。その背景には、「いつまでも続くいのちではないのだぞ」とすべてが移り変わる無常なる日々を過ごしている私に、「しっかりと足下に目を向けなさい。今の瞬間を大切にしなさい」というメッセージが込められています。
 私たちが、新年を迎えるにあたり、一つ一つの伝統行事、また家族が集まり楽しく時間を過ごすことは大切です。年末には、心の拠り処であるお仏壇をきれいに荘厳し、気持ち新たに仏さまにお参りをして、本当の私の姿を聞かせて頂きましょう。そして、私の今のかけがえのないいのちを感謝する大切さをお正月に学びましょう。