• 2014/03/10
  • 寺報「月刊てんしん」
天真寺門信徒会のルーツを訪ねて

天真寺門信徒会についての取材を頂いたので、門信徒会のルーツを訪ねるご縁を頂いた。

昔の寺報・月刊天真を読み直してみる。
天真寺門信徒会は、はじめは昭和54年光明会という名称からスタート。
その時の寺報がコチラ(昭和53年12月1日)
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(クリックすると拡大します)

仏教講座会が始まり6年余月、80回を重ねたことをご縁として昭和53年からスタートしております。。
昭和53年当時の会則(一部)
目的:人生の生き方を仏教に問い、永遠の真実を体得実践し、会員相互の親睦をはかる
名称:天真寺光明会
組織:天真寺の門信徒並びに目的に賛同する人々を以て組織する
事業:仏教講座会その他の行事
会費:月額弐百円
会費が月額弐百円、弐百円という表記がなつかしい香りがしますね。
当時の寺報の「やさしい法話」からお言葉を紹介します。

ひかりといのち 大谷光真

自由と平等とは現代の人々に共通した願いでありましょう。それは国の政治だけで解決される問題ではなく、私たちの日常生活を通じて実現するよう努力しなければならないことがらでもあります。

私達は自分の人格について侮辱されたり、自分の権利を不当に侵された場合にはよく気が付きますが、他の人の権利が侵していても気付かなかったり、真剣に考えないで過ごしてしまったりすることがしばしばあります。しかし本当に自分を大切にしようと思えば、自分と同じように他の人々をも大切にしなければつじつまが合いません。自分のことを正しく知ることのできるものは、また他の人々のことも正しく知ることができ、暖かい人間関係を育てていくことができると言えましょう。

み仏の光に照らされて明らかになる私の姿はまことに醜い自己中心的な生き物の姿です。それは自分では本当は知りたくないことですから、無意識のうちに触れないようにし、忘れている姿です。しかし忘れているほどに危険なことはありません。とんでもないことをしでかした後、ようやく気が付くのです。自分の小さな我執を守るためにどれだけの人々の心を傷つけたことでしょうか。

み仏の光はすべてを見抜いて照らしています。うわべだけのごまかしは通用しません。ですから、すべてをみ仏の暖かいお心にゆだねて、み仏のお心にかなう日々を送りたいと願うばかりです。

私達は皆、同じようにみ仏の光に照らされ、お心に包まれた人間であります。うわべを飾ったり、自分だけの世界に閉じこもらず、深く心の底から交わって、他の人の人格を尊ぶ人間関係を築いていきましょう。

聖言
如来は無蓋の大悲を以て三界を矜哀す。世に出興する所以は道教を光闡し、群萌を救い、恵むに真実の利を以てせんとなり『大無量寿経』

これから、天真寺の寺報(月刊てんしん)アーカイブの法話などをアップしていきたいと思います!!!
コノミちゃんお願いします、お楽しみに!!!