天真寺通信

永代合葬墓やすらぎ堂

今月のあんのん堂

毎月第2土曜日は京都大谷の地にある合同合葬墓、あんのん堂の合同参拝日です。
寒さ厳しい中、清々しい晴天だったので、お参りのあと東へ向かい坂を昇ってみました。
東の山間には清水寺が望めます。
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西を見ると京都駅が
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南を見るとびっしりとお墓が
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上をみると青空が
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さてさて、今月の掲示板は
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今月の言葉は、親鸞聖人の主著『教行信証』の「坂東本」とよばれる、聖人の手による真跡本が伝わる報恩寺でご住職をされていた、坂東性純氏の言葉です。
 
私達は、自分で拠り所とするものを作り上げて生活しています。
お金であったり地位であったり、親や子供であったりお連れ合いであったり、又趣味や仕事、様々な事を拠り所として生活しています。
けれども、残念ながらそれらは永遠の拠り所とはならないようです。それなら、生きている内に好きな事をしてそれなりに楽しんで生活すればよい、というのも、なんだか虚しいですね。(-_-;)
1996年にNHK大河ドラマ『秀吉』が放映されていました。確か主演の豊臣秀吉役は竹中直人さんだったと思います。
そのなかで、玉置浩二さん演じる足利義昭という室町幕府の第15第代将軍が登場します。
足利義昭は一時仏門に入りますが、波乱万丈あり織田信長の助力で第15代将軍に就任します。その後又信長と対立するのですが、将軍に就き贅沢な暮らしをしている場面でのセリフがありました。
「酒もうまい、飯もうまい、けど面白うない」
面白うないだったか、虚しい、だったか、寂しいだったか・・セリフがうろ覚えなんですが、とにかく将軍という地位について、美味しいお酒、食事をして、よい着物を着ているのですが、なんか虚しい・・というニュアンスの事だったと思います。
その場面のセリフの真意はわかりませんが、ふと得体の知れない虚しさを感じたのではないのでしょうか。何のために生きているのだろう、何のために生まれ、死んだらどうなるのだろう・・・と私のいのちと向き合った時、私のいのちの問題が解決されなければ本当の解決、安心がないのでしょう。
阿弥陀さまは、私のいのちの往き先をはっきりお示しくださっています。
「あなたのいのちはお浄土へと生まれ仏となる尊いいのちなんだよ、あなたのいのちの問題はすでに阿弥陀が解決しているよ。安心して今を生きなさい」
南無阿弥陀仏のお念仏は私の永遠の拠り所となり、永遠の安心を与えてくださっています。
ただただお念仏申すばかりです。合掌。
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(果)

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