• 2018/08/11
  • 蓮(ハス)
泥沼に咲く花「蓮華」

大賀蓮
千葉組のホームページ「千葉組公式ホームページ」に8月法話「泥沼に咲く花」を寄稿させて頂きました。
8月と言うことで、7,8月に咲き、浄土・仏さまを表す花「蓮華」をテーマとした法話としました。人生は思い通りになることより、思い通りにならないことばかりです、仏教では、私たちの生きている世界をサハー、娑婆、忍土と示されます。まさしく「泥沼」の世界であります。泥沼の世界に生きる私たちへ、キリスト教の渡辺和子先生は「置かれた場所で咲きなさい」と「置かれたところこそが、今のあなたの居場所なのです」と語りかけてくださいます。仏教の経典には、仏さまのお徳が蓮の花に例えられ、「泥沼に咲く花」泥沼に根を張って綺麗な花を咲かせるのが蓮が示され、泥沼の世界を生きる私たちへ届いている阿弥陀様のお心を聞かせていただきます。

泥沼に咲く花

天真寺 西原龍哉
「泥沼」とは泥深い沼、一度落ち込むと抜け出ることが困難な悪い状況をあらわす言葉です。しかし、その泥沼に根を張って綺麗な花を咲かせるのが蓮です。
数年前から、お寺で蓮を育てています。毎朝のように新しい花を咲かせてくれますが、4日間で散ってしまうため、そのはかなさと清浄な雰囲気を楽しんでいます。花にばかり気を取られがちですが、根を見ると、泥の中に張っています。泥があればこそ、綺麗な花を咲かせることができるのです。『維摩経』には、「高原の陸地には蓮華を生ぜず。卑湿の淤泥にすなわち此の華を生ずる」と説かれます。泥沼の中から清浄な花を咲かせる蓮に、仏様のお徳を見るのです。
仏教では、『妙法蓮華経』と蓮の名前のお経典があったり、仏様のお座りになる台座を「蓮座」と呼んだり、仏様をたとえる花として蓮をとても大切にしています。『阿弥陀経』には「青色青光 黄色黄光 赤色赤光 白色白光」と、お浄土で色とりどりの蓮がそれぞれに輝く様が示されます。花は自ら輝きながら、お互いをも輝かせ合っているのです。私たちも顔、性格、能力も違いますが、違う色に染まる必要はなく、ありのままで尊い存在であることを教えてくれます。しかし自らを見つめてみると、他の人をうらやんで「ああなりたい」「こうなりたい」と、違う色に染まろうとして苦しんでいる私がいます。そこには、自己中心的な欲望にとらわれ、苦悩に沈む泥沼の人生しかありません。.
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