• 2013/11/17
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本願寺ご門主即如上人のご親教

昨日11月16日の満日中法要にて、築地本願寺報恩講法要が無事に円成致しました。
築地本願寺
こちらは、逮夜法要終了後、御門主様のご親教がありました。。。
築地本願寺
この度のご親教に仏教のみ教え「縁起」についてのお話がありましたので、ご紹介させて頂きます。
親鸞聖人の時代から750年たった今日。世の中は大きく移り変わりました。その中に生きている人間の根本は変わりません。罪悪生死の凡夫であります。阿弥陀如来の本願は、今私のためにはたらいていて頂いております。
近年自己責任という言葉がはやりました。確かに、自分で責任を取らなければならないこともあります。しかし、多くの場合、人間という生き物としての限界があります。さらには、社会の制約があります。仏教の基本の一つは縁起の通りです。すべての物事は、様々な条件が支え合って成り立っていると言うことですから、受け身の表現ですと、「おかげさま」「恵まれたいのち」ということになります。能動的な表現では、「あらゆるものへの責任の一端を担っている。」「網の目の一つを持っている」ということになります。しかしながら、責任をおうべき私は限りない欲望を持つ一方で、乏しい智慧しかありません。明日の命も定かではありません。欲望に引きづられて、どこに迷い込むか分かもしれない危うい私のいのちです。阿弥陀如来の本願は、そうした私の姿を見抜き、そのまま受け入れて下さります。そして、南无阿弥陀仏の念仏を与え、往生成仏させて下さいます。私から言い表すと、この身このまま南无阿弥陀仏で救われていく。救われると言うことは、いま救われなければ人たち。捨てておけない命である。この私が南无阿弥陀仏によって往生成仏の道を歩ませて頂くところにお念仏の喜びがあります。[以上ご親教より]
天真寺のおかげさま報恩講は、11月23日(土)ですので、ぜひご参拝ください。