• 2019/01/11
  • 天真寺
会者定離 ありとはかねて 聞きしかど

常円寺

2019年を迎えて、お正月に新年の祝いをしている町の人々の中、一休禅師が杖に骸骨をぶらさげながら「元旦や 冥土のための 一里塚 めでたくもあり めでたくもなし」と仰られたお言葉が身にしみる新年であります。

大変尊敬をする隣寺のJ寺様の前住職様が御往生なされました。通夜・葬式にて会係をつとめさせて頂きながら、お育て頂いた一瞬一瞬をかみしめておりました。昨年12月、白井分院の報恩講にて、ご法話のご縁を頂き、お斎をご一緒させていただいたことを思い出しております。

前住職の葬式が終わりました弔辞にて、石川県の先生が仰られたお言葉。法然上人75歳は四国へ、親鸞聖人35歳は越後へ流された承元の法難。別離の立ちがたい思いを親鸞がお読みになったお言葉です。

会者定離 ありとはかねて 聞きしかど 昨日今日とは 思わざりけり

出あうは別れのはじめとはわかっているけど・・・・我が身の上に厳しいご催促をかけて頂く時、厳しく思います。

悲しみにくれる親鸞聖人へ法然上人から返された歌が
 別れ路の さのみ嘆くな 法の友 また遇う国の ありと思えば

この世での別れを嘆くことはないぞ。阿弥陀様のお慈悲を頂く私たちは、又お浄土で出会わせて頂く世界があるのだぞとのお言葉を深く頂戴いたしました。

たくさんのご教示有り難うございました。