• 2019/01/12
  • 本願寺
親鸞聖人報恩講@京都本願寺

本願寺

1月9日より京都本願寺にて親鸞聖人報恩講法要が厳修されております。

本日は、松戸市消防局の出初め式が開催されたり、法務があるため、京都には行けません。ですが、インターネットWEB中継にてご法話を拝聴できます。

[御正忌報恩講中継]
http://broadcast.hongwanji.or.jp/live/190109-16_live_y.html

先程は、移動中でしたので途中からですが、相馬和上のお話しを聴聞させていただきました。

親鸞聖人が、「不得外現賢善精進之相 内懐虚仮」の御文を読み替えられたことについてのお話しでございました。

親鸞聖人は『愚禿鈔』にて、上記の引用されているが、独自の読み替えをされている。
一般的には、「外面を賢い姿を表しても、内に嘘偽りの心を懐いてはなりません」と読みますが「他に賢善精進の相を現ずることをえざれ、内に虚仮をいだければなり」」と、大阪弁では「あんたら、外側を賢く、真面目で、努力しているような格好をつけてはいけない。あんたの心の中には、嘘偽りのこころしかつまっていないのだから。」とお読みになった。私たちの本性は、隣の家にい蔵が建てば腹が立つ。あなたは素晴らしいと言っていても、心の中では思っていないことも。内面はくちゃくちゃなのに、繕っても何の足しにもならない、人間はそういうものである。そのままでは救われない煩悩のかたまり、地獄しか行きようがない。そうであるならば、阿弥陀如来の本願、あらゆるものを救うと言う本願はなにのためにあるのか。そういう人だから必ず救うのであります。
そして、二種深信のお話。信心の内容には、一つには機の深信。私は地獄しか行くべき道がない。二つには法の深信。地獄必定のこの身なればこそ、阿弥陀仏の本願の救いは私に与えられる。地獄一定すみかぞかし・・・地獄必定でありながら、この身を救う本願がある。

直接お話しをお伺いしたいですが、少しでもご法義に遇えることをうれしく思います。