• 2020/05/18
  • 法話
「なもあみだぶつ」「なむあみだぶつ」どちらですか?

 

先日、築地本願寺のWEB法話にて、「仏教のこころ 念仏のこころ」をテーマとして、法話をいたしました。

その中で、南無阿弥陀仏と称える時、「なもあみだぶつ」「なむあみだぶつ」のどちらの発音をするか、浄土真宗本願寺派では「なもあみだぶつ」と称えているとお話しました。ちなみに、大谷派は、「なむあみだぶつ」と称えるそうです。親鸞聖人は、「なもあみだぶつ」とよまれることが多かったですが、法話の中では、他力のお味わいとして「なもあみだぶつ」とおよみになっているとしました。

ですが、インターネットには、有象無象のさまざまな方がいらっしゃり、それぞれの意見を仰います。

例えば、桐渓順忍先生の書籍にて指摘されておりましたが、お釈迦様の出家の理由は、WEB法話でも取り上げましたが、四門出遊「生老病死」と言われております。昔のご門主様は、ご出家の理由を「老病死」とお話になったら、一部の方から「生老病死」ではないかという声が上がったそうです。ご門主様は仏教学の専門でありましたら、古い経典は「生老病死」ではなく、「老病死」と描かれているそうです。

ということで、「なむあみだぶつ」とよまれたおこころの一つをを、桐渓順忍先生のお言葉を通して、ご紹介させて頂きます。

◆桐渓順忍先生 「なもあみだぶつ」は翻訳しないほうがいい。
経典は、中国語に翻訳されております。その翻訳をする時、西遊記でおなじみの玄奘三蔵は、言葉の意味を直接とる翻訳をされました、それを新訳といいます。

例えば、「サットバ」という言葉は、旧訳では「衆生」たくさんの因縁によって、出来上がった、衆因和合生ということです。新訳では「有情」と言います。

親鸞聖人は、晩年になると、新訳を使っています。70代の頃に執筆された「浄土和讃」「高僧和讃」には、「衆生」と使っていますが、80代に執筆された「正像末和讃」には、「有情」としてます。

そして、新訳には、いろいろな決まりがあります。
新訳の決まりには、
①誦文は翻訳しない
ギャティギャティハラギャティ
②意味がたくさんあるものは、翻訳しない。
ナモアミダブツ
③インドにあって、中国にないものは、翻訳しない
チューリップ コスモス
④翻訳しないで、使っていたものが、ある程度、その意味がわかって来たもの
アノクタラサンミャクサンボダイ
⑤翻訳すると意味の浅くなるもの。
だから、ナモアミダブツは翻訳しないほうがいい。

ですから、「なもあみだぶつ」などは、梵語のままに発音して、翻訳しないこと。

ですので、「なもあみだぶつ」と発音をするのは、インドの言葉のままに発音をしているのです。

その書籍の中で、紹介されていた『桐渓先生が、あるおばあちゃんに言われた言葉』です。。。
和上さま。今日の話は、ようわかったけれど、ありがたくなかった」ありがたないというのは、ご法話は、落第ですわな。これは、翻訳しとらんものを、翻訳したからです。だから、これからの翻訳は、あんまり、名号の中味に、とらわれんでください。

とご指摘されたそうです、ご法話の難しさを実感します。