• 2015/03/16
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「親の願い」福田了潤

3月21日(土)春の彼岸法要が厳修されます。
ご講師は、山口県下関市専福寺住職の福田了潤師です。
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春の彼岸法要
平成27年3月21日土曜日 午後1時30分~
講師:福田了潤師(山口県下関市専福寺)
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こちらは、福田先生のご法話です。
「親の願い」
邦西組 専福寺 福田了潤
浄土真宗は阿弥陀さまの願いを真と聞き受けていく宗教でございます。
私たちは「生まれて死ぬ」と、こう考えております。そしてその「死」に対して、この肉体が無くなっていくということ以外、何も確かなことを知り得ないはずです。しかし肉体が無くなりますから、私の終わりとこう考えます。終わりと考えますから、暗く虚しいもの、絶望などと受け取るわけでしょう。しかしあなたはその肉体が全てでしょうか。
阿弥陀さまは亡くなっていかれた方のことを、「暗い死に向かって生きた方とは思わないで下さい。虚しく終わっていった方だとも思わないで下さい。浄土に生まれ、全てのものの仕合わせの為にはたらく仏さまになられた方と受け取って下さい」とおっしゃられます。そしてあなた自身のことも「たった一人で暗い死に向かって生きていく人生だとは思わないで下さい。たった一人で虚しく終わっていく人生だとも思わないで下さい。親がついています。私と一緒にこの人生の苦楽を共にし、そして明るい未来へ向う、浄土に生まれ仏となるという明るい未来へ向かった人生だと思い取って下さい」と願われています。この願いを真と頂いて、お浄土参りまでの人生を阿弥陀さまの大悲に包まれて、「ありがとうございます。おかげさまでございます」と御恩報謝で生かさせていただくのです。
六連島のおかるさんは「重荷せおうて山坂すれど、ご恩おもえば苦にならず」と詠われました。重荷を背負って生きるしかない山坂ある人生でございます。しかしその山坂ある人生の中にあっても、明るい未来へ向かい「おかげさまでございます」と今を生かさせていただく身にお育てをいただきました。これが私共の何よりの喜びでございましょう。
こちらは、
本願寺山口別院 山口教区のテレホン法話から引用しました。その他、岸先生や松浦先生などたくさんのご法話ご聴聞できますので、こちらのHPもぜひ覗いてみて下さい。
http://www.yamaguchibetsuin.net/テレホン法話-2014年/2012年/