天真寺通信

天真寺

ミャンマーの托鉢事情

ミャンマー
「托鉢」
今から、2500年前北インドにお生まれになったお釈迦様がご入滅され、お釈迦様の説かれたみ教えは脈々と伝えられていきます。紀元一世紀頃になると、その教えが、大衆部系と上座部系に分かれる根本分裂と呼ばれる大きな分裂がありました。
 上座部仏教は、インドから海を渡るルートをたどりスリランカへ。そして東南アジア(ビルマ、タイ、ラオス、カンボジア)に伝わっていきました。お釈迦様の教えを忠実に守り、自らの出家を重視する自力救済を目的として原始仏教教団の伝統を強く残します。一方、大衆部仏教は、インドから陸上を通り、中国・朝鮮をわたり、6世紀頃には日本に伝わりました。お釈迦様の慈愛による生きとし生けるものすべての救済を信じました。 
 ミャンマーに伝わっているのは、上座部仏教です。上座部仏教の僧侶は、自ら修行をして悟りを開くことを目的とするため、経済活動を行わずに、在家信者の喜捨によって、僧院において修行生活を送ります。僧院での生活は、朝一番の托鉢から始まります。手にお鉢をかかえ、信者の家々を周り、町の人々からご飯やおかずをよそってもらいます。僧侶は、料理をすることができず、頂いたものだけで生活をします。自分の好き嫌いという感情を挟むことなく、皆様からのお恵みをありのままに頂きます。
朝6時頃、どこからともなく歌声が聞こえてくるので見に行くと、子どもの僧侶達の托鉢の列をなしておりました。
ミャンマー
子ども僧侶を先頭に托鉢をしています。
ミャンマー
後日、ある町に托鉢をするシーンを見学に行き、待っていると、一台のバスに乗った僧侶集団がやってきます。
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車から降りて
ミャンマー
一列になって、信者さんの家々をめぐります
ミャンマー
かわいらしい子どもの僧侶さん
ミャンマー
ある10代の僧侶に、「なぜ出家生活を送っているですか」と聞くと「両親の功徳になるから」と眼を輝かせて話されました。
「托鉢」は、早朝と正午前に行われますが、お釈迦様当時の「托鉢」に習っています。私達日本でも、ご自宅のお仏壇に御仏飯をお供えして、お昼前に下げますが、お釈迦様当時の托鉢に習ってのことであります。
そんな中、朝七時頃、ホテルを出発しようとすると、子どもの僧侶たちが托鉢をしておりました。しかも、私達観光客一行の後をついてきます。子ども僧侶達の様子を見ていると、托鉢にてもらったお菓子を食べている子ども達たちもいれば、 日本円を見せて托鉢を要求してくる子どももいます。聞けば、偽物のお坊さんだそうです。近くには、リーダーの年上のお坊さんがおり、もらったものを渡しておりました。まさしく、托鉢は、お恵みをそのまま頂き執着を取り除くことが目的ですが、執着の心まっただ中です。
 先日、西友常盤平店の前にて托鉢をしているお坊さんを見かけました。本物の托鉢僧と偽物の托鉢僧を見分けるポイントは「視線」にあると聞いたことがあります。頂いた者に対して執着の心を起こしてはいけないので、布施をする人・布施をされる者に目を合わせないそうです。仏教では、「三輪清浄」といい、「施し与える主体」「施しを受ける人」「施されるもの」の三つが清らかでなければならないので、執着から離れなければならないとの教えがあり、その実践であります。托鉢僧の本物偽物を見分けるのは、目を合わせるかどうかです。

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