天真寺通信
凡夫だから
先日、真宗を学びはじめた方と話をしていると、なにかにつけて「凡夫だから」「しょうがないよね」という開き直った様子でお話になることが気になっておりました。そんな思いで先日京都本願寺の報恩講での藤沢先生の法話を拝聴していたら、こんな言葉にであいました。こちらでQ&A形式に編集しました。
Q、藤沢先生の真宗をさらに深めようとしたきっかけ
A、ある先生とのであいを通し、その先生が見ている世界を見てみたいと思った。
Q、仏様のご覧になっている世界?
A、おまえはだめなやつだというのは仏教ではない。現実はあかんことしているかもしれない、愚かな、弱々しい人間である。しかし、あなたは尊い命を生きているんだよ。仏様の見ているいのちは、役に立つとか立たないとか、好きな人か嫌いな人かと見ていくのではなくて、みんなさとりを開くべき尊い存在なんだよ。阿弥陀如来は私達をそんな風に見ている。
Q、阿弥陀様と私達との接点?
A、「心配するな」「ここにおるぞ」と「南無阿弥陀仏」と呼びかけている。私のことを心配して下さるのは阿弥陀様。申し訳ないけれども、お恥ずかしいことだけれども、この私のことをかけがえのない尊いいのちだと言って下さる仏様にお任せをすればいいのだろう。それが、いのちの親・阿弥陀様が私達を見て下さる「まなざし」です。
Q、念仏申す人生とは?
A、親鸞聖人からみれば、念仏申すことはそういう人生を生き抜いていく。法然上人の教えを受けながら、自らが非僧非俗の生き方の中で、すでに私のために、その徳の全てを六字にこめて、ここにおるぞ、心配することはないぞ、と語り続け呼び続けて下さっている阿弥陀様がいらっしゃる。そういう人生を親鸞聖人は生き抜いて下さった。親鸞聖人は、阿弥陀如来の化身としてこの世界に生まれて下さり、阿弥陀如来の本願を仰ぎながら生きていくという生き方をお示し下さいました。
と、お話しを頂戴しました。『歎異抄』には「造悪無碍」の問題が取り上げられましたが、同じ事でもフォーカスの仕方次第でさまざまに受け取られます。仏様からは、すべてのいのちがさとりを開くべき存在、仏に生まれるいのちとご覧頂きます。その事実を知らされ「申し訳ない」「お恥ずかしい」我が身と知らされます。野々村直太朗先生曰く、「親鸞聖人は、妻をもったり、魚を食うことを、得意げに振る舞っていなさったのではない。聖人に聞いたら『あれにはあまりふれないでおいてくれ、自分はただ、かくしだてするのがいやだったからだ』と言われるだろう」と仰られたそうです。「凡夫だから」と開き直りの世界ではなく、仏様からみつめられた私の存在、お恥ずかしい、もったいない我が身の姿を知らされます。
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