• 2018/10/16
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浄土真宗の葬儀とは

先日、駿台トラベル&ホテル専門学校の仏教・浄土真宗の講義に行ってきました。講義時間は90分×2コマ。生徒は10代~20代の若い生徒さんたち、宗教・仏教の話を聞いたことがない方が多いので、いかに仏法をオモシロく伝えることができるかというテーマのもとの講義となりました。これから葬祭関係に携わられるということで、一つでも残ってくれればうれしいなぁと思いつつ。

「葬儀概論」(碑文谷創先生)がテキストにおける浄土真宗の葬儀の特色についてです。
①授戒と引導がない
在家仏教だから戒がなく、「絶対他力」だから「信心をいただいていない人が亡くなっても、その人を往生、成仏させたりする力は私たち(僧も含めて)凡夫にはできない。阿弥陀如来のひとりばたらきによるのみ」との考えから、また「平生業成」と言い「普段にご信心をいただいたいるならば、浄土往生と成仏は平生に約束されていることだから死者のために成仏を祈ることはない」という考えから、引導もあります。
②回向
通常は「私たちの功徳を死者にめぐらし差し向ける」ことであるのに対し、浄土真宗では死者に対し回向することはありません。浄土真宗における「回向」は、「仏からいただく功徳を仏の本願によって人々におよぼしていただけることを喜ぶ」というもので、人間には他に分かち合うだけの功徳がそなわっていないと考えるからです。
③穢れを浄める
さらに往生即成仏ですから、死出の旅路である死装束も不要とし、霊も認めていません。中陰についても供養をしなければ成仏できないとする考えはありませんし、ケガレや霊のタタリも排除します。「穢れを浄める」という考えはなく、浄め塩も不要で、むしろ失礼にあたると考えます。
したがって、浄土真宗では、葬儀式を、死者は死という事実を身をもって示し、私たちに死を迎える用意ができているかを無言のうちに教えているのであるから、これを機縁として本尊阿弥陀如来に対して報恩感謝し、仏の教えを学ぶ「聞法」の場であると位置づけています

さまざまな角度から浄土真宗のみ教えをみつめることができるので、この度のご縁は学びとなる一日でした。なによりも、生徒さんの感想から「悩みはないようなお釈迦様が私たちと同じように苦しみ、考えたと思うと、悩むことは悪いことではないと感じた。」「授業時間が短く感じ」などなどを頂戴して、うれしく思うことであります。

これから葬祭関係にてお仕事をされる若者達と、またどこかで会えたらうれしいなぁと思う一日でした。