• 2018/06/24
  • 法話
バーAOから教わったこと

バー
先日、久しぶりに昔行ったことがあるAOというバーに一人飲みに行った。たまたま、、明るい性格の女性スタッフが昨日入籍したようで、その入籍祝いで、たくさんのお客さんで盛り上がっていました。来るお客様は、その女性スタッフにお祝いのお酒をプレゼントをして、相当酔っ払っていました。あるお客さんが、「一人でおいしい食事を食べるしあわせより、みんながしあわせである方がいいよね」と言った言葉が耳に入ってきた。
そんな言葉を聞きながら、10年前に書いた築地本願寺テレフォン法話のことを思い出しました。こんな内容です。。。

本当の優しさとは?

皆さん映画はお好きですか。少し前ですが「スパイダーマン3」という映画が人気を呼びました。簡単にはこんなストーリーです。
「ニューヨーク郊外で叔父夫婦に育てられたピーターは、ある日蜘蛛に噛まれ特殊能力を身につけます。しかしその能力を目先の欲のために利用した結果、育ててくれた叔父さんを殺されてしまうのです。ピーターはその時の深い後悔から、特殊能力を正義のために使うことを固く決意し、スーパースター・スパイダーマンとして社会の問題を解決していく」という所謂ヒーローものの話です。とは言いましても一般的なヒーローもののように、完全無欠の主人公が悪者をバタバタと倒していくという話とはひと味違い、「スパイダーマン」ではヒーロー自身が恋に煩い、金銭問題に悩み、心に傷を抱えながら問題にぶち当たっていくのです。そんな苦しみ悲しみを抱えながらも、正義のために立ち向かう姿が共感を呼んでいるようです。
以前ある先生から「優という字は、人偏に憂いと書くように、苦しみや悲しみを味わった人こそが本当の優しさを知る人である」と教えていただきました。本当の優しさとは、相手の苦しみ悲しみを他人事としてではなく、自分のこととし、気持ちを共有し、同じ目線で寄り添うことです。これを仏教では「同事」といいます。「同事」とは、相手と同じ立場に身を置くこと、そしてこれこそが阿弥陀如来のおこころなのであります。
うまくいかないことばかり、思い通りにならないのが私たちの人生です。そんな時は、なぜ私だけがと苦悩のどん底に陥り、孤独にもがき、周りが見えなくなります。しかし阿弥陀如来は苦悩から決して逃げ出せとはいいません。苦しみ悲しみの価値を知っているからこそ、この私と共に歩んで下さり、その苦悩にこそ大切な意味があることを教えて下さるのです。「南無阿弥陀仏」人生いいことも悪いこともそこに意味を見出し、乗り越えていく力を与えて下さるのです。
以上です。
「優という字は、人偏に憂いと書くように、苦しみや悲しみを味わった人こそが本当の優しさを知る人である」と教えていただきました。本当の優しさとは、相手の苦しみ悲しみを他人事としてではなく、自分のこととし、気持ちを共有し、同じ目線で寄り添うことです。という言葉を思い出しました。私は偏差値世代のまっただ中を生きております。偏差値世代とは、教育カウンセラーの富田先生が仰るには、1960年代以降に生まれた世代。常に評価の中に身を置き、周りの目を気にしながら、損得勘定で生きている。お金・地位名誉・便利さを求め、人と競争していく評価のレールにあわせようとして、苦しみもがいている世代です。だからこそ、そんな苦悩のまっただ中にたくさんの若者がいる。そのレールからおりられる空間が必要ではないだろうか。社会のセーフティーネット。学校でも家でもないサードプレイス。レールからおりることが出来る場所が、いつも仏さまがご一緒下さるお寺ではないだろうか、とお寺の存在を日々考えております。
自らの中に優しさではなく合理的価値観が優先してしまうからこそ、本当に優しい人が側にいてくれることが自らの人生を照らしてくれます。本当に優しい人と出会うことは難しいです、たまに仏様のような方はいらっしゃいますが。人生思った通りになりませんが、だからこそ、ああなれこうなれと生き方を示すのはではなく、あなたと一緒にいる仏がおるよと阿弥陀如来のお慈悲をお聞かせ頂きながら、地に足をつけて立ち上がることができ、そして我が人生を心豊かに生きることができるのであります。バーのお客さんから教えて頂いたことであります。
■偏差値世代のブログ「天真寺通信 こころの時代ベテルの家」
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